BACK 港・岬の大邸宅 (大学講師と私)

  丘を下ると海に面した小さい村に出た。「漁村」であろうか。天気はすっかり回復した。道路のすぐ右手に明るい入り江が広がっている。前方の海上にぽつんと古城が建っている。小さな城で海面から高くない。大嵐が来たら水しぶきが城壁を洗いそうだ。「中世」の城らしく、攻撃用の窓が所々に口を開けている。防御に海を利用した中世の城だ。海岸から城に通じる一本の道が見あり車が一台止まっている。彼はその城には興味を示さず前進し左にウインカ−を出した。一軒のガソリンスタンドがある。給油所に入ると、すぐに中年の男が出てきた。店にはガソリン用の給油機が一台しかない。彼は車を降り店員に、「カ−ドで30リットルたのむよ」と言って世間話しをし始めた。右手に広がる海は、入り江のためか「緑」ががっている。太平洋のようなコバルトブルーではない。ガソリンスタンドを過ぎると、道は緩やかな登坂で数軒の住宅や店がある。石造りの古く小さい商店ばかりで、少々古びている。周囲全体のバランスが悪く、1階建や2階建ての店がバラバラに建っている。そこで、道はY字型の三叉路になっている。左側の広いメインの道は更に登り坂で西に向かっている。バリ−ボ−ガンへ続いているのだろうか。

 右手の小さい道は緩やかに下坂で、入り江の港に延びている。その向こうには小高い岬があり、果てしない大海原が広がっている。「海の向こうに、アラン諸島があるんですか」と彼に尋ねた。「そう、ここから30km程南の港、ド−リンからもフェリ−が出ているんだよ。夏は旅行客で混雑するんだ」と僕の顔を見た。彼はその三叉路を右に折れ、港の入り口で車を止めた。道の左側に数軒の店が並んでいる。波止場には三隻のボ−トが係留されている。其の内の一隻は新しい大型外洋クル−ザ−だ。彼は港の広場の真ん中に駐車した。「僕は、私用のためここを離れ、30分程で迎えに来ます」と言いながら、僕に車から降りるように促した。彼の指示通り、手提げカバンを持って車から降りた。彼の車は、先ほどのY字型交差点で左側の上り坂を登って行った。地図見ると、ここはゴールウエイとバリ−ボ−ガンの中間の小さな港町(キンバラ)のようだ。港の先端の岬まで行くことに決めた。道に沿って数軒のお店が並んでいる。店は改装された新しい二階建てもあれば、古い一階建てもある。一番手前が食料品兼おみやげ店で、隣はB&Bのカンバンが掛かっている。一番奥がレストラン兼パブである。レストラン前に車が2台駐車している。芝生の中に長い木製のベンチがある。60歳過ぎの女性が二人、その横に同年令の男性が一人仲良く座っている。三人ともポッチャリした人の良さそうな人達だ。 

 彼らは入り江の方向を見ながら談笑している。男性はキャプテンクックの白い帽子をかぶっている。彼らは旅行者のようだ。男性はニッコリ笑いながら、「彼女が僕の妻で、その横は妻の姉なんだ」と言った。そう言われてみると、二人ともよく似ている。「あなたは、どこからですか」と、真ん中の女性が尋ねてきた。どうも、妹の方が三人のまとめ役のようだ。「日本からです」と言うと、「私達は、日本人と話したのは生まれて初めてなのよ」と、茶目っぽく笑った。「お元気でね」とニコッとお互いに「笑顔」を返した。港全体は新しく整備されている。海岸には、セメントで構築された新しい防潮堤がある。長さ50m程の一本の新しい突堤が、沖の方に延びている。波静かな入り江で潮の流れはない。 瀬戸内海の穏やかな海を思い出す。二隻の白い「外洋帆船」が錨をおろしている。「漁船」らしき船はない。岸壁に一隻の手漕ぎボ−トが係留されている。船は帆は巻かれていて出航の気配は全くない。港全体を見渡しても人影はない。遥か向こうに先ほどの「中世の古城」が浮かんでいる。港の突堤にも灯台はない。遥か遠くの小さい岬の先端にも、「それらしき」ものはない。

 日本ではどんな小さい港でも、漁船の夜の道しるべ灯台がある。今頃(9月)の夕方なら、「ブゥーン、ブゥーン」とエンジンの音を響かせながら鯵や鯖漁、夜のイカ漁船が白い水しぶきをたてて沖に出て行く。でも、此の港にはそんな気配は全くない。「ここは、漁村でなくリゾート地なのか・・・」と勝手な想像をした。レストラン前の車道は、左にカ−ブを描き海岸に沿って岬の方に延びている。高さ1m程の防潮堤が岬の方へ続いている。内陸の高台には、100坪ほどの新興住宅が10軒ほど建っている。右側は、海岸に沿って遊歩道の小道が岬の先端の方に延びている。岬への遊歩道の「入り口」にやって来た。ここから岬の先端(洋館)まで全てが「個人の所有」のようだ。「入り口」には、閉まったままの黒い鉄の扉があり行く手を阻んでいる。少し上に、大きな鉄の正面玄関がある。ここも閉まっている。目の前は、低い垣根だけで、此処から岬手前の洋館までの全景見えている。正面玄関入り口の門から、奥の大邸宅の玄関前まで一本の広い「通路」が延びている。もちろん「車道」でもある。両側には、赤い煉瓦が一列に延々と埋め込まれている。その中に、パンジ−のような赤や黄色、紫などの花が一列に咲いている。白い洋館は広大な敷地だ。遊歩道の「入り口」の鉄扉の格子に顔を近づけ、先端の岬の方を覗き込んだ。海岸に沿って小路が続いている。

 右側が海、左側は館の方へと高台になっている。その全てが邸宅の庭で緑の芝生になっている。高くて大きい木が5〜6本ある小さい森になっている。閉ざされた扉の鉄棒に両手をかけて、岬の先端を「羨ましく」眺めていた。入り口付近の海側は、高さ5mほどの崖になっている。海岸は、岩場や小石で穏やかな「緑」の海が広がっている。先端への小道は、アベックが手をつないで通れる程の狭い「自然道」だ。その小道が500m程先の小高い岬のまで続いている。「岬の先端まで行ってみたい。残念だなあ・・」と思っていた。「綺麗な洋館を見ただけでも満足だ」と納得して引き返す事にした。その時、丘の上の新興住宅から、坂道をゆっくりと女性が降りてきた。栗色の髪をした若い主婦のようだ。「買い物籠」を持っている。下の店まで買い物に行くようだ。彼女の身なりが、まるで、日本の主婦とよく似ている。僕は急いで彼女に駆け寄った。「この岬には、入られないんですか」と聞くと、「いいえ、観光客の方達はよく入っていますよ」と彼女、「でも、この鉄の扉が閉まっているんですが・・・」と僕、「閉まってはいるんですが、強く手で押すと開くんですよ」と彼女。「ありがとう」と礼を言うと、「いいえ」と言って港の方に歩いて行った。

 扉を強く押してみた。すると、「ギ、ギギ−」と鈍い音と供に開いた。小路は岬の先端に向け緩やかな上り坂になっている。右下の岩場までの高さが、先端に行くほど増している。ここから左側の芝生の土手はきつい勾配で、上の館に延びている。隅々迄よく手入れされていてトラ刈りはない。歩きながら、上の洋館の方を見上げた。邸宅の近くには花壇や大きな木が茂っている。その内の一本の木に、一頭のサラブレッドがつ繋がれている。足の長いスマートな馬は、時々、茶色の鬣を左右に振っている。「彼女」に話しかければ、「フウイヌム語」でお相手をしてくれるだろう。高台の上にある大邸宅は、一階建てのように見えるが、勾配のある「高くて広い屋根」を持っている。出窓が4カ所あり、実際は二階建てである。玄関の近くには、大きな花壇があり花が綺麗だ。白バラは緑の芝生に、赤いバラは白い洋館に映えている。すぐに、岬の先端までやって来た。下の断崖絶壁を見ると、穏やかな波が岩場を洗っている。沖の方は海流があり、やや青い海色をしている。正面には青い大海原が、右側には穏やかな入り江と、先ほどの古城が見えている。見学を終えて約束の場所で待った。彼は約束通り迎えに来てくれた。「おまたせ、岬は綺麗だったでしょう」と窓から声をかけた。「白い邸宅が印象的で、フウイヌム(サラブレッド)がいましたよ」とおどけると、「スイフトさんだね」とニッコリ笑った。

 「これから、ゴ−トのク−リ−パークにご案内しよう」と、僕の顔を見た。そして、ハンドルをもと来た道の方へ切った。左手に入り江の古城が見える。ガソリンスタンドには、従業員の姿はない。「村」の出口で三叉路を右に曲がり、丘陵を登り始めた。海岸線から内陸に向かっている。時計は4時を指していた。彼は広い道に入った所で、「あなたの仕事は、家族は」と、僕の顔を見た。そう言えば、今まで私の事を彼に紹介していない事に気がついた。僕は「単なるサラリ−マンです。家族は4人です。今年、二人の娘達が学校を卒業したので、10日間の旅に出してもらったんです」と言うと、彼は「そうですか」と言いながら、「ところで、戦後日本は凄い経済発展をして、世界から注目されているんですね」と、興味深そうに尋ねた。この質問は、トリニティの女性講師とよく似たものだった。「確かに、私達は車も「簡単に」買えるんです。でも、それと引き替えに、自然だけでなく人の心もなくしているんです」と僕、「この国では国産車はないんですよ。だから、車は全て輸入品なんだ。日本車は特に優秀だよ」と、彼はハンドルから両手を放して、「ギブアップ」のジェスチャ−をした。